ロストボールの告白
十七番、左の林
月例競技の最終組で、私の打球は左の林へ消えた。十七番。たった一球のことだった。けれどその一球が、二十年間、誰にも語られなかった話を、林の奥から引きずり出すことになるとは思わなかった。
同伴したのは、このクラブの最古参、田島さんだった。八十に近い。今日もスコアは私の倍は良かった。その田島さんが、林に入った私の球を一緒に探そうと、当然のようについてきた。
「十七番の左はね」と、田島さんは下草を杖で払いながら言った。「昔から、よく球が消える。傾斜と、この松の影で、見失うんだ」
三分が過ぎても、私の球は見つからなかった。あきらめかけたとき、田島さんが急に、しゃがみ込んだまま動かなくなった。落ち葉の下から、ひどく変色した古いボールを一つ、つまみ上げていた。
二十年は土の中にあっただろう、茶色く焼けたボールだった。田島さんはそれを、まるで割れ物のように、両手で包んでいた。
「これは……君のじゃない。私のだ」と、田島さんは言った。「二十年、探していた球だよ」
「ロストボールを、二十年も探す人がいますか」
私が尋ねると、田島さんは静かに笑った。けれど、その目は笑っていなかった。
「二十年前のちょうど今頃、私はこの十七番で、親友とマッチプレーをしていた」
田島さんは、ボールを見つめたまま、ぽつぽつと語り始めた。友の名は、宮原。学生時代からの付き合いで、四十年、ほとんど毎週末この丘で球を打った仲だった。腕は互角。だからこそ、勝負はいつも真剣だった。
その日、二人は最終ホールまで全くの五分で来ていた。そして十七番。田島さんの第二打が、まさにこの左の林へ消えた。林の奥、松の根元。打てないことはない。けれど、難しい。
「誰も見ていなかった」と、田島さんは言った。「私はね……球を、ほんの少し、足で動かしたんだ。打ちやすいところへ。一足分だけ。たった、一足分だ」
その一打で田島さんは寄せ、パーを拾い、勝った。宮原は何も気づかず、「やられたな」と笑って握手を求めてきた。その手の温かさを、田島さんは今でも覚えているという。
「言えなかった。最後まで、言えなかった」
宮原はその数年後、病で先に逝った。告白する機会は、永遠に失われた。それから田島さんは、月例で十七番に来るたび、人知れずこの林に入るようになった。あの日、自分が足で動かして打った、その球を探すために。
「見つけたところで、どうにもならんのは分かっていた。それでも、探さずにいられなかった。あの一足分が、二十年、私の足の裏に張りついて離れんかった」
私は、手の中の古いボールを見せてもらった。変色した表面に、消えかけた文字が残っていた。油性ペンの、持ち主のしるし。そこにあったのは——「T.Tajima」ではなかった。
「M……宮原」
田島さんの手が、震えた。
それは、田島さんの球ではなかった。宮原の球だった。同じ十七番の左、同じ松の根元。宮原もまた、いつかこの林で一球を失くしていたのだ。二人の球は、二十年、同じ落ち葉の下で、すぐ隣に眠っていたのかもしれない。
「あいつも……」と、田島さんは声を詰まらせた。「あいつも、ここで球を失くして、笑って次を打ったんだろうな。気にもせず。私みたいに、足で動かしたりせずに」
長い沈黙のあと、田島さんは、宮原の名の入ったボールを、そっと松の根元に戻した。土をかけ、両手を合わせた。
「二十年、間違った球を探していた。許してくれとは言わん。ただ、もう、探すのはやめるよ。お前がここにいると分かったから」
林を出ると、フェアウェイは午後の光で金色に光っていた。私の球は、結局見つからなかった。けれど田島さんは、二十年ぶりに、ずいぶん軽い足取りで歩いていた。一足分の重みが、ようやく取れたみたいに。
十八番のティーで、田島さんは私に向き直り、初めてのように深く頭を下げた。「今日のことは、誰にも言わんでくれ。——いや」と、田島さんは言い直した。「言ってくれてもいい。私はもう、隠さんことにしたから」
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